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廣峯神社

先週の1/16(土)、三が日に初詣に行った廣峯神社にまた行ってきました。
自宅から西南西にあたるので、恵方であるということと、2月からは五黄殺+歳破ということで1年間使えない方位なので是非もう一度行ってみたかったのです。

この日は、月盤と日盤が重なった933の日です。

それと、なんか気になる「九つの穴」のお参りをもう一度したかったのです。
1月3日にもこの九つの穴のお参りをしたんですが、本当はその穴にお願い事をしたと同時にお賽銭も入れないといけなかったのに、実はお賽銭を入れずに帰ってきてしまっていたのです・・・
なのでどうしても前の分のお賽銭を入れないといけなかったのです。


廣峯神社は、姫路市街地の北部、標高300メートルほどの広峰山山頂にあります。
眼下には、世界文化遺産の姫路城を中心に城下町が広がり、その先は播磨灘まで望むことができます。
門201001161054000_convert_20100124104836  201001161125000_convert_20100124104935.jpg


廣峰神社のパンフレットをいただいたので、ご紹介させていただきます。
(若干、他の資料とミックスでご紹介)

ご鎮座より二千有余年の歴史を刻む

 今より二千有余年前の太古、祟神天皇の御代に素盞鳴尊(スサノヲノミコト)とその御子神で植樹の神様である五十猛尊(イソタケルノミコト)が白幣山に御鎮座しました。
聖武天皇の御代、奈良時代(西暦733年)にこの地を訪れた吉備真備公(キビノマキビ)が神託を受け、現在の奥の院、吉備社がある位置に社殿を建立しました。
 学問の神として祀られる真備公は、日本ではじめて学者から右大臣まで出世した努力家で、唐国へも二度留学し、修めた学問は十三道、中でも学を極めた陰陽暦学を世に広めたいと考え、当社の御祭神である素盞鳴尊を牛頭天王(ゴズテンノウ)・天道神とし、その御后神である奇稲田媛命(クシイナダヒメノミコト)を歳徳神、八王子を八将神に配して、日本暦の「こよみ」を司る暦神としました。
 その後、円融天皇の御代、平安時代(西暦972年)になって現在地へ社殿が大造営され、その跡地には吉備真備公を祀る社殿が建てられました。
 現在の本殿は室町時代中期の建物で、入母屋造り・檜皮葺き・桁行11間。拝殿は江戸時代に修理された建物であり、その規模は国内でも最大級と言われ国指定重要文化財になっています。
蟒」本殿ソ201001241007000_convert_20100124105545 廣峯・地図201001241004000_convert_20100124110248 廣峯・看板01001161130000_convert_20100124124055



こよみを司る御祭神

 田植えの時期を決め、建築の方位や方角を示し、慶弔や生活の指針を立てるなど、「こよみ」は人々の生活のすべてに関わることから、当社の御祭神は、五穀豊穣を祈願する農耕の神、建築工事の安全を祈願する方位方崇除の神、そして、商売繁盛、家門繁栄を祈願する国民の生産の神として、東は京都から西は広島まで多くの人々の篤い崇敬を集めています。


 本殿裏側の神秘なる「九つの穴」は「こよみ」にある一白水星から九紫火星までの九星を現し、それぞれの穴深くにはその星の守神が鎮まっています。
 賽銭と願い札を穴に投げ入れ、口をあてがい小声で神様に願い事をする昔ながらの風習が今も残っています。
牛頭天王・01001161111001_convert_20100124110817 九つの穴エ201001161109000_convert_20100124110921 お守りj201001241012000_convert_20100124111030 

 ほんとに九つの穴が開いているのですが、どうやら一番左がその年の星のようで、私が行った日は九紫火星の年なので、九紫でした。その右隣が一白、二黒、と並び一番右が八白土星なのです。
社務所の方にうかがったのですが、これは節分2月3日までで、暦の上の新年になる立春2月4日には年が変わるので、この日から一つずれて、一番左が八白土星になり、一番右が七赤金星となるそうです。おもしろいですよね。



災厄・病気・厄難を祓う神

 素盞鳴尊(牛頭天王)は古来より、災厄、病気、海陸交通厄難を祓う最も強力な神として人々より篤い信仰を享けています。
 貞観年間(西暦876年)、京都を中心に畿内外で十余年にわたり疫病が大流行しましたが、それに悩む清和天皇の枕元にお告げがあリ、当社の御分霊を京都にお迎えし、祈願すると疫病が鎮まりました。
 これを喜んだ都の人々が盛大な祭りをしたのが祇園祭りのはじまりで、それによって建てられたのが八坂神社です。
 当社では年変わりの節分から立春の二日間にかけて、厄年や凶年の方々をお祓いする「節分・立春厄除大祭」を盛大に執り行います。災いは神社に封じ込め、福は広く一般へ授けるということから、「鬼は内、福は外」と声をかけながら福豆がまかれます。
 また、一年を通じて厄除祈願、交通安全祈願をお受けしています。


祭神

 素盞鳴尊(牛頭天王・天道神、天照大神の弟君)
 五十猛尊(射楯神、素盞鳴尊の御子神)
 奇稲田媛命(歳徳神、素盞鳴尊の御后神)
 足摩乳命・手摩乳命(奇稲田媛命の御両親神)
 八王子神(五男三女の御子神)
 その他十柱の神


と、まあこんな感じです。


そして、またまた興味深いのが御柱祭(おんばしらさい)です。毎年11月15日に、「御柱焚き上げ神事」というのが行われます。
11月15日は、陰陽道では一年で一番の吉日とされるそうです。
蟒」蟲ッ繝サ譛ャ谿ソ蜑・01001161115001_convert_20100124104417 蟒」蟲ッ繝サ蠕。譟ア隱ャ1001161115000_convert_20100124111628 御柱・写真201001241000000_convert_20100124111529

本殿の前に、なにやら囲いがあり、ここでその御柱焚き上げ神事が行われるということです。
この囲いの側面に、このような説明が張り付けられていました。

この地は、御柱祭(11月15日)において神様が降臨される聖なる地です。

          11月15日

      10:00    降臨祭
      16;00    本殿祭
      17:00    御柱焚き上げ神事

儀式松木一本をもってこれを飾り本殿の庭に立て 
畳紙扇二本 帯二筋早朝にこれを営み 夜に入り丑の刻その上に火を放ち 
柱の倒れる方に魃喜(ばっき)の憂いを示す
これすなわち一陽来復の気を顕す祭りなり
     ?「播磨鑑」より抜粋?

御柱が倒れた方角を、翌年2月の節分以後注意すべき方位(凶方位)とする当社特有の神事である 


と書いてあります。
社務所の方にお尋ねすると、2009年11月15日の御柱焚き上げ神事では、柱は「南西」に倒れたそう。
ついでに前年のことも尋ねてみました。2008年11月15日は「南南西」に倒れたということです。

すっ、すっ、すごい!!
翌年の歳破の方位にきっちり倒れているなんて・・・・・・こわ?・・・

今年の2月4日から八白土星の年が始まりますが、この年の南西は五黄殺でもあり、それに歳破がプラスされるわけで、強力な凶意が出そうです。
皆様くれぐれも南西にはご注意を。
神戸新聞の記事によると、去年の焚き上げ神事の最後、廣峯神社の幸田宮司は「南西の方向にお出かけの際は、気をつけて下さい」と参拝客に呼び掛けた。ということです。

八白土星の年は、南西もですが、北東も暗剣殺なので気をつけなければなりません。

廣峯神社は、東京方面の方からですと西方位にあたりますので、今年西に行ける方は是非ご参拝されてはいかがでしょう。「九つの穴」のお参りは魅かれますよ?。





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